*食べる映画*

 スティーブ・マックィーンが「シンシナティ・キッド」という映画のなかで、ステーキを食べるシーンがとても印象に残っています。
 ナイフとフォークを使って肉を切った後、フォークを反対の手に持ち替えて肉を刺し口に運ぶ。そしてまた左右持ち替え肉を切り、また持ち替えて口に運ぶ。一口食べるごとにこれを繰り返します。
 映画の本筋とは関係ないのですが、なぜかいまだにこのシ−ンが忘れられません。
 「チャップリンの黄金狂時代」の食事のシーンは壮絶です。
 舞台は極寒のアラスカ。風雪に閉ざされた山小屋の二人の男は、食料も尽き果て、革靴を煮て食べます。チャーリーはさもおいしそうにこれを平らげますが、相棒はとても食べることなど出来ません。そのうちチャーリーの姿がニワトリに見えてきます。はじめは「すまない、君がトリに見えてしまった」などと云っていますが、ついには「トリでなくても構わない、食ってしまえ!」。いやはや恐ろしい。
 恐ろしい食事のシーンと云えばヒッチコック監督の映画です。
 「断崖」では毒入りミルクの入ったコップが闇の中で不気味に光り、「汚名」では秘密を知られた夫と姑が新妻の口を封じるために毎日毒入りの食事を与える。「ロープ」では死体の入った収納箱をテーブル代わりに晩餐会が始まる。「サイコ」では青年の運んだ食事が惨劇の引き金になる。あげくの果てに「引き裂かれたカーテン」ではキッチンが殺人現場となり、男がガスオーブンに頭をつっこまれて・・・・。
 それからヒッチコック監督は鳥が嫌いという話があって、彼の映画の中では卵や鶏肉がさんざんな扱いを受けています。そんなところを気にしながら映画を見るのもまた面白いものです。
 「バベットの晩餐会」という映画は食事が主役と云ってもいい映画です。
 舞台はデンマークの貧しい漁村。年老いた姉妹が中年のメイドとともに暮らしています。
 老姉妹は牧師だった父の意志を継ぎ信仰と献身の日々を送っていますが、牧師の死から長い年月が過ぎ、村人の間ではいさかいが絶えません。
 バベットという中年のメイドはフランスの革命で夫と子供を失い、着の身着のままでこの村にやってきました。彼女とパリとの唯一のつながりは、年に一度知人に買ってもらうフランスの宝くじ。そしてある年、大金を手にします。
 バベットはこの金で牧師生誕百年のお祝いに、村人を呼んでフランス料理の晩餐会を開くことを提案します。
 映画の前半は老牧師と村人たちの質素な暮らしぶりや、姉妹の実ることのなかった恋の話。そしてバベットが姉妹のもとに来た経緯などが描かれます。しかしドラマチックな部分の描写が意図的(?)に省略されていて、物語は淡々と進みます。
 そして後半。食材として運ばれてきた生きたウズラやウミガメを見た村人がおそるおそる食卓に着き、バベットが作ったフランス料理が一つ一つ食卓に上り、食事が進むにつれて村人たちの表情が和み、やがていさかいが絶えなかった村人の間に理解と調和がもたらされる様が、実にドラマチックに描かれます。
 豪華なフランス料理が登場しますが、決してグルメ指向の映画ではなく、食事という行為自体を見つめた映画です。

(1999年10月)

紅葉・真室川町
紅葉・真室川町

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