*夏の味*

 七月中は雨もなく良い天気が続いたと思ったら、八月に入っていきなり大雨。その後もだらだらと悪い天気が続き、とうとう今年は梅雨が明けませんでした。やっと天気が回復したと思ったら、もう8月下旬。秋の風が吹き始めています。とはいえ夏の味覚だけは十分に堪能しました。
 この辺りで夏の味覚といえば、やはり農産物ということになってきます。ナス、キュウリ、トマト、そしてスイカ。
 ナスとキュウリの漬け物は毎日食卓に上ります。この時期の野菜の漬け物の味は堪えられません。けっして市販の漬け物には真似ができない爽やかさがあります。
 それからトマト。トマトってものは見るからに夏っぽいじゃないですか。
 今はハウス栽培なんかで一年中トマトが食べられますが、夏の日の熟れきったトマトを冷やさずに生ぬるいまんまかじった時のあの酸味と香り。これは夏だけの味です。誰がなんと言おうと夏の味です。全く同じトマトを冬にかじってもこんなに美味しくはないはずです。
 レイ・ブラッドベリの小説に「タンポポのお酒」という作品があります。1920年代、アメリカはイリノイ州の片田舎に住む十二歳の少年の夏を描いた自伝的な作品です。「タンポポのお酒」とは、夏になるとそこらじゅうに咲くタンポポの花をしぼり、発酵させて作る、まるで「夏をつかまえてビンにつめた」ようなお酒のことです。
 私にとっての「タンポポのお酒」はトマトのジャムです。夏もおわりになると枯れかけたトマトの枝にたくさんの実が残されます。木が枯れかけているからまともな実はありません。完熟しているかと思えば、ヘタのまわりはまだ真っ青です。こんな実が本当にたくさん生ります。
 子供の頃、毎年おばあさんがこのトマトを山ほど使ってたくさんジャムを作ってくれました。これをのりの佃煮の空き瓶なんかに詰めてしまっておくのです。秋、私たちのおやつはトマトのジャムをたっぷりのせたトーストでした。真っ赤で酸味が強くて本当に美味しかった。今でもジャムといえばトマトのジャムが一番好きです。
 子供の頃、秋はトマトのジャムの味とともにやってきたのです。そして冬が来ても、トマトのジャムを味わうたびに夏を感じたものです。
 おばあさんが死んで、もう長い間トマトのジャムを口にしていません。でも、「トマトのジャム」と言うだけで、今でも子供の頃の夏のおわりを思い出します。

(1998年9月)

トマトのジャム
トマトのジャム

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