21世紀。子供の頃は本当に遠い未来の話だと思っていました。
優美な曲線で形作られた高層ビル群。その間を縫うようにのびるチューブの中、流線型の車が流れる。農産物は月や火星のドームの中で作られるといった具合。
今考えると、未来は都市のイメージしかなかったですね。
さて、現実はどうか。都市は相変わらず四角四面のコンクリートに囲まれ、車の排気ガスを吸って過ごす毎日。田舎の方は都会並みの豊かさに近づいたかもしれないけれど、都会のまねをして都会より豊かになれるわけがない。
100年前、50年前にくらべれば確かに便利にはなりました。車や飛行機で世界中どこにでも行ける。田舎に住んでいてもインターネットで都会と同じものが手にはいるし、情報もリアルタイム。食べ物だって日本にいれば世界中から食材が集まり、手に入らないものはないくらい。
高級品といわれるマグロのトロとか、ウニやカニも毎日のようにテレビで見るし、スーパーに行けば必ずおいてある。一見豊かに見えるけれども、果たしてこれを本当に「豊か」と呼んで良いんでしょうか?
高価なもの、貴重なものってのは絶対数が少ないわけだから、毎日全国のスーパーに並んでいるって事は必ずどこかに弊害が出るはず、近海ものは高いってんで世界中に船を出していろんなものを獲ってくる。マグロなんかは鯨に次いで禁漁にしようってな話もあるくらい。そこまでして欲望を満たすことが「豊か」ってことなのでしょうか?
本来1000円する食品が300円で手に入るとする。でも本当は1000円する食べ物そのものが安くなったのではなく、安い他の材料を使って、化学調味料やら着色料やらでそれらしく見せているだけだったり、合成保存料なんかを添加して大量生産、大量流通でコストダウンしているのかもしれない。
食品に限らず本物ってのは、世の中がどんなに変わってもそれなりの手間やコストがかかるわけ、いくら便利な世の中になってもそれは変わりませんよ。高いものを高いものとして、貴重なものを貴重なものとして、そのままに受け入れることはできないのでしょうか?
いろいろなものが容易に手に入るのは確かに「便利」だけど、それを「豊か」とはいわないんじゃないか?100年前、50年前ならそれを「豊か」といったのかもしれないけれど、なんたって21世紀ですよ。
そう考えると本当に豊かになったのではなく、安い偽物を大量に与えられて豊かになったつもりにさせられているだけなのかも。しかもすでに子供の頃からその偽物を本物と思いこまされて生活しているだけに、何が本当に豊かなのかさえ分からない。
便利さを求めればきりがないけれども、そろそろ本当の豊かさを求める世の中になっても良いんじゃないかなあ。だって21世紀だもん。
(2001年1月)
21世紀、こんな感じ?