*オートバイ 〜音と臭い

 オートバイは感覚に訴える乗り物です。長い間オートバイに乗っていると、感覚が鋭敏になってくるような気がします。
 オートバイに乗るってのは、常に体が外の世界にふれています。しかも何十キロというスピードでそれにふれているわけですから、かすかな気温の変化や、湿度の変化が何倍にも感じられます。
 そういった変化を常に体で感じていますから、ふだんの生活でも季節の変化や、環境のちょっとした変化にも敏感になるのではないかと思います。
 さらに不測の事態に遭遇し、考えるより先に直感で行動しなければならないことが時々あります。だから理屈より直感や感覚を信じるってところがありますね。

 ところで、オートバイに乗っている時って、はたで聞いているほど音が大きく感じないんです。だって吐き出した音をその場に残して、どんどん前に進んでいくわけですから。
 本人に聞こえてくるのは生まれたばかりのエンジン音とロードノイズ、置いてきた排気音。ほとんどは風の音です。だから走っている時はどんなにきれいな景色の中を走っていても、周りの音は一切聞こえません。
 オートバイを止め、エンジンを切ると、走っていた時の余韻が耳に残ります。しばらくして周りの音が少しずつ聞こえて来るって具合。まるで映画の演出を現実に体験するみたいな感覚です。
 それとは逆に臭いってのは、気温や湿度の変化と一緒に、意識しないでもどんどん入ってきます。
とくに海辺、港町を走る時の磯の香りなんてのは、肌にこびりつくようなべたついた空気とセットになって、強烈に脳みそを直撃します。

 今でも記憶から離れない臭いがあります。それは昔北海道にツーリングに行く途中でのこと。そのころはまだ東北自動車道は全線開通していませんでした。高速を降り、青森のフェリーターミナル目指して一般道を走っていると、どこでどう間違ったのか、リンゴ畑の真ん中にさまよい出てしまいました。時は7月半ば。バイクを止めると、辺りは息が詰まるほど青いリンゴの酸っぱい香りで満たされていました。
 どこまで行っても見えてくるのはリンゴの林ばかり。どこまで行っても酸っぱいリンゴの空気でいっぱいでした。そんな中をオートバイで走る感覚といったら!! こればっかりはオートバイに乗ってる人でなければ分からないでしょうね。
 今でも突然、あのときの青いリンゴの香りが脳裏によみがえることがあります。そしてあの限りないリンゴ畑が浮かんでくることがあります。
 一度でもこんな体験をしてしまうと、もうオートバイを降りることは出来なくなってしまいます。

(2001年7月)


桧原湖畔にて

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