*胡弓の調べと風のにおい*

 いつだったかNHKの午後の番組で胡弓奏者・若林美智子のスタジオライブをたまたま見ました。胡弓の音色が醸し出す、妖しげで、どこかもの悲しい雰囲気が忘れられず、CDを購入しました。
 胡弓は三味線のような形をしていて、三本の弦を弓で弾く楽器です。三味線とも、中国の二胡とも違う独特の音色で、最近は暇があれば聞いていました。
 「宵待草」「アメージング・グレイス」など、洋邦のスタンダード・ナンバーが納められている中、やはり一番ハマったのは「越中おわら節」。どこかもの悲しく、穏やかでいて力強い音色は、見た事もない「おわら風の盆」の情景が浮かんできて、その場にいるような空気で満たされる、圧倒的な力がありました。
 
 「おわら風の盆」は富山県八尾で九月の初め三日間行われる伝統行事で、立春から数えて二百十日に吹く台風による災厄を、唄と踊りで沈めるという意味合いが込められているのだそうです。
 この夏の終わりに、たまたま車で北陸の方を通る機会がありました。ちょうどこの時期、富山県の宇奈月温泉では「おわら風の盆」を再現したイベント「越中おわら宇奈月編」を開催しています。
 渡りに船、これは泊まらない手はないと、急遽足を伸ばして泊まる事にしました。
 日が傾きかけた頃、宇奈月温泉着。派手派手しくなく小ぎれいな温泉街。黒部のトロッコ列車の発着駅でもあります。
 急に思いついたので予約は無し。ちょっと遅かったので心配でしたが、運良く宿を取る事が出来ました。中心部からちょっと離れた温泉旅館。夕食もなかなかでした。
 
 日が落ち、辺りがすっかり暗くなった頃、ぞろぞろと浴衣姿の人たちが温泉街の中心へと歩いていきます。
 通りには灯籠が灯り、闇の中から胡弓の音が漂ってきます。何とも良い雰囲気。私たちが行った頃には、温泉街の中心にある広場はたくさんの人で埋まっていました。広場にはステージが組まれ、辺りにかがり火が焚かれ、そのやわらかな灯りに照らされた中での八尾の踊り手たちの舞。三味線や胡弓の穏やかで包み込むような音に乗せて、繊細でやわらかな女踊り。静かな中に力強さを表す男踊り。闇の中に浮かび上がった姿は夢を見ているような錯覚さえ起こさせます。
 盆踊りというと「花笠音頭」や「真室川音頭」、あるいは今はやりの「よさこい」風のにぎやかなものといった認識があったのですが、この厳かで幻想的な雰囲気には圧倒されました。
 イベントの第二部は観光客向けの踊り方指南。厳かな雰囲気から一転、和気藹々としたにぎやかな笑いに包まれます。普段この手のイベントは避けて通っているのですが・・・いつの間にか手が動き、足が動き、気がついたら踊りの輪の中に入っていました。ぜんぜん踊れていなかったけど。
 第三部はいよいよ町流しです。八尾の踊り手を先頭に、浴衣姿の観光客もこぞって踊りながら町の中を練り歩きます。
 哀愁漂う越中おわら節に乗せて、灯籠の明かりが灯る温泉街の路地をゆっくり、ゆっくり進む踊りの列は、現実とは思えない荘厳な雰囲気でした。

 司会者によると「八尾の風の盆のほんのさわりだけ」といった話でしたが、それでも十分雰囲気は感じ取る事が出来ました。
 本場八尾の風の盆は十万人もの観光客があふれ、見るのがとても大変といった話でした。本来盆踊りは観光客に見せるためのもではなく、地元の人たちのもののはずですから、「さわり」だけとはいえ、こういった楽しみ方もまた良いのかも。でもいつかは八尾の風の盆を見てみたいなあ。

 連日続くこのイベントが終われば八尾での「おわら風の盆」です。夏が去り、秋の始まりです。

(2005年10月)

おわら風の盆
おわら風の盆

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